おじい

道端に転がる石ころのように
小さくうずくまって座っている、
おじい。
手当たり次第に絵の具を混ぜ合わせ
およそ色彩というものを感じさせない、
そのかたまり。
キウイ畑のすみっこの、
陽だまりの中に
タバコの煙に包まれながら
今日も座っていた。

おじいにさして話があるわけではなく、
おじいも私を待っているわけではない。
それなのに私は
キウイ畑へ続くなだらかな坂道の
地面にへばりついて春を待つ
雑草を踏みながら
おじいに近づいた。

キウイもな、昔は売りよったんじゃ。
今はそんなもん売れへんわ。
米もな、みんな食わん。
わしもな、ヘンなもんば~っか食って、米食わん。
食えんようになってしもたわ。しんどーてな。
ふおっ、ふおっ、ふおっ。
今は何やってもあかん。えーことなんか、一つもないわ。
ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。
歯が抜け落ちた漆黒の洞穴のような口から
ボロボロとこぼれ落ちる、
感情のかけらも見当たらないパサパサに乾いたつぶやき声。
食べられないのはそのタバコのせいかもね。
私が言うと、くしゃっと笑う。

指に挟まれたタバコの火はすでに燃え尽きて、
それでもなお、
フィルターを残すのみとなった吸殻に片手をかざし
もう片方の手でいとおしそうにライターの火を近づける。
その作業をこの老人はどれくらい続けてきたのだろう。
タバコを挟む2本の指。
ひとさし指は爪まで茶色に変色し、
中指には、
タバコの火によるやけどが日常となっているせいか
黒い大きなかたまりが見て取れる。

理想や野望があるわけでもない。
欲しいものなんて、べつに、ない。
ないんだけれど、
いつか何かが突然舞い込んできて
ふいに心を満たしてくれるような気がする。
けれど、
止まることのない時間というものが
休む間もなく運んで来るものは
なんてことはない、ただの日常。

漠然とした希望と現実の間に生まれる
苦しみや楽しみを、
このおじいはタバコの煙に包まれることで
自分だけのものにしているのかも知れない。
おじいの心の中は見えないけれど、
おじいの指の黒いかさぶたはよく見える。
おじいを見下ろすように立っていた私は、
おじいの隣に腰を下ろし、
汚く変色した枯れ木のような
おじいのその手を、
私の両の手のひらにのせて
まじまじと見てみたくなった。

ところが
ふと私の心の中にも黒いかさぶたが
あることを感じ、
私とこのおじいと
たいした変わりはないことに気が付いた。
それに、そう言えば
今日はずいぶん風が吹いている
ことにも気が付いた。
そしてお互い思いつくだけの
おしゃべりをすませ、
さよならを言って
坂を下りた。

私の黒いかさぶたって、
こうして書くことかもしれないな~。
かさぶたがポロリととれるその日まで、
末永くよろしくお願いいたします。
by o-beikokuten | 2007-02-07 00:31 | つれづれ
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