おもうこと1

いろいろと、農村のこれからのあり方など、考え方はあると思います。
と言いつつ、つい5、6年前までは農村について
深く考えることもなく過ごしてきました。
ドライブで山間地や農村を訪れて、不思議な気持ちを感じるほどでした。
何が不思議かって。。。
それは、このような静かな、周りにお店もないような、
ただただ「住んでいる」だけのように見えるところで、
人々はどんな気持ちで暮らしているのだろうと言うことです。
そして、その不思議な気持ちを解明したいという欲求が、
漠然とこころにありました。

道路に背を向けて、土の上にしゃがんで畑仕事をしている人々の気持ち
というものを知りたいと思っていました。
車窓に一瞬映し出されたその姿をまぶたに焼き付けたわたしは、
その気持ちを知らない自分はどこか足りないもののような気がしていました。
# by o-beikokuten | 2011-02-14 23:27 | いせむら

うれしい?100点

今日、5年生の長男が、100点を取って帰ってきました。
科目は何だと思いますか。
家庭科です。
テスト内容は、そうじの仕方。
そうじの意義から始まり掃除の手順、工夫、
そして最後の問題は、
Q:教室をいつもきれいにしておくにはどうすればよいですか。
  あなたの考えを書きなさい。
それに対する長男のこたえは…
       教室のすみをきれいにしておく。
       落ちているものをひろう。
       目立つところを整えておく。

ふーん。
アドリブがきかないタイプの長男が、自らの考えを書く問題のある
テストで100点。
これは画期的なことだなあ。
と、お父さんがしみじみしているところへ、
お風呂上りの私が登場。

ほー。
へー。
100点かあ。
ん?そうじの仕方?
なるほど、いつも私が教えてあげてるもんね、リョータロちゃん。

とふざけて長男に向かって言うと、
まんざらでもないといった様子で、ふん、と横向く。

そしてお父さんは、
いつもそうじの仕方でがみがみ言われて根性がねじ曲がるか、テストで100点取るか。
どちらがいいのか、とつぶやく。

そりゃー、100点のほうがいいでしょ!?

しかし、いつも家庭科が嫌い嫌いと言っている長男ですが、
嫌いといいつつもいい点とってしまうこの皮肉な運命。
これからも4人兄弟の惣領として、お手伝いよろしくお願い致しま~す。
# by o-beikokuten | 2011-02-02 21:31 | こども

朝早く、骨董市に行きました。
ガラクタにまぎれて、見覚えのある顔が、ありました。
白いのと黒いのと。
岡本太郎の作った、陶器のオブジェです。

以前訪れた知り合いの家の庭にさりげなく、岡本太郎の顔が置いてありました。
庭木の根元に立てかけるように、土の上にそっと、もしくは、無造作に、置いてありました。
それが私には粋に見えた記憶があります。

そんなことを思い出して、私はその変色し、ほこりにまみれた顔を買うことにしました。
帰宅して、ちょっと気が向いたので車の中を掃除していたら、
岡本太郎の本が一冊出てきました。
またいつか読み直そうと、目に付くところに置いておきたかったのですが、
車のドアポケットにあることがいつの間にか当たり前になっていて、
ずっとそのままだったのです。
その日は家にもって帰り、新しい気持ちで読みました。

私が本を読んでいると、冬休みの日記の宿題をしていた慶次郎が言いました。
「あ、詩ができた。」
どんな詩?とたずねると、
「ボクはどうして生きているんだろう
 生きているとどうして食べるんだろう
 ボクが生きていることを、他の人はどう思っているんだろう」
それを聞いた私は息を飲みました。
私もちょうど次男と同じ3、4年生の頃、日記に書きました。
「時は何に向かって進むのでしょう
 死に向かって進むのでしょうか」
「私たちがアリをみつめているように
 何かが私たちを今にも踏み潰そうかどうか迷いながら
 眺めているのではないでしょうか」

先生からの返事は多感な少女だった?私を傷つけるようなものだったので、
返事をもらったその日から私は先生のことが嫌いになりました。
例えば、こうです。
「この文章は、何から写したのですか。」

これは傷つきますよね。
しかも、この頃はローマ字を習い始める頃なので、
全部ローマ字で書いたその時のベスト作品なのですよ。
それも絵入りの。
先生からは何か面白いヒントがもらえると思っていたので本当にがっかりしました。

でも、だから、次男が形而上学的なことを口にし出したことを、
私はうれしくもあり、ちょっと心配でもあり。

三兄弟を前に、こんな質問をしてみました。
「地球って、滅びると思う?
 滅びるとしたら、滅びないように努力するべきだと思う?」

長男:滅びるか分からへんけど、滅びないようにがんばる。
        (と、学校の環境学習が行き届いた回答。)
三男:さらば~♪ 地球よ~♪
        (これはあかんわ。。。)
次男:滅びる!
    だって、有るというものは、無くなるものやから。
    どうやったって無くなるやろう。
        (むむむ!)

そこで私は岡本太郎の本から一説を紹介しました。

    いずれ滅びるだろう。
    生物は栄え、そして滅する。
    永遠に滅びないなどと考えるほうがおかしい。
    人類がこの世界に出現した、それは当然、いつかは消え去ることを前提にしているはずだ。
    めそめそと悲しみ嘆く必要はまったくない。
         中略
    無目的にふくらみ、輝いて、最後に爆発する。
    平然と人類がこの世から去るとしたら、それがぼくには栄光だと思える。

それを聞いた次男は、
「じゃあ、岡本太郎はボクとおんなじやな。」

そう、ほんとに岡本太郎は小学三年生の次男と同じなのかもと思いました。
くったくがなくしがらみがない。
骨董市で自分の作品ががらくたにまぎれて売られていて、
それもそういうものだとどこかで思っているだろうと思いました。

その顔は、私の小市民的に埋没する生き方を見て笑っているかのようで、
そんなことを岡本太郎は面白がっているように思います。

思うように生きられたら、信じることをつらぬけたら、
煮えきらず惰性が蔓延する世の中をばっさばっさと切り倒していくことができたら、
どんなに気持ちよく、だけどどんなに危険なことだろう。

私はやっぱり自分の家族、周りの人々のその日その日のうれしい悲しいに
標準を合わせた眼鏡をかけて暮らしているので、
つまるところ、まずはこの小さな輪と和をいかに無事に回していくかということに
たどり着いてしまいます。

時々、その眼鏡を外して物事を見るのですが、
眼鏡はかけていたほうが、一見賢そうに見えるので、
外れそうになったらすぐにかけることにしています。

ただ、ちょっと庭先に視線を移したら、TAROの顔があるっていうのは、
刺激的で魅力的です。

最後に、次男ばなし。
兄弟で本を見ながら占いごっこをしているときに、長男から次男への質問。
長男:自分には人には知られたくない一面があるか、ないか。
次男:ある!

まだまだ小さな9歳の男の子で、この子のことならたいてい何だって知ってるわなんて
思っている私ですが、こうして毎日目の前で暮らしていながら、
頭の中ではいろんなことを考えて成長しているんだろうなあ、
長男と三男に関して心配と言えばちょっと平凡すぎるところが心配で、
次男に関してはちょっと多感なところが心配で、
考えていたら自分のことや周りのこと、心配だらけで、
まあ、そう言わず、あるがままに、とにかく、やることです。
はい、明日からたまった仕事やっつけます。
# by o-beikokuten | 2011-01-11 22:24 | こども

行かんといて。

こどもたちは、ときどきテレビを見ます。
うちにはテレビがありませんので、こどもたちは
優しく理解のあるお隣さんへ週に何時間かテレビを見せてもらいに通っています。
このテレビの時間というものは、こどもにとって大切なお楽しみとなっていて、
私もお隣さんとの約束なので、できるだけこどもたちがこの時間に間に合うように生活を工夫しています。

先日、夫が夜に出かけました。
その日は夜の7時からテレビの約束の日でした。
このごろは暗くなるのが早いので、こどもたちは学校から帰宅後、
宿題をする間もおしんで遊びたがります。
この日も、お風呂に入ってさあごはん、というときに、
宿題が終わっていないことが判明。
ああだこうだといいながら宿題をして、
いざごはんとなると、おしゃべりして楽しいのはいいのだけど
そんなに優雅に食べてるとテレビに間に合わなくなりそうです。
そこで私はなぜかこう言いました。

もう、テレビには行かんといて。

この言葉をどんな抑揚で言ったと思いますか。

もー!(約束の時間を守れずにだらだらするんだったら、いっそのこと、もうこれから)テレビには行かんといて!
というふうに言おうかと一瞬思いましたが、
そんな脅し文句もいけないとこれまた一瞬考えて、
なおかつ、私は一日の終わりのこの時間、ちょっと疲れてもいて、
思考も停止中。
もう何もかもどうでもいいというように、
まったく感情がこもらないふうに、
静かに、小さな声で、言いました。

もう、テレビには行かんといて。

これを聞いた子供たちはぴたっとおしゃべりをやめて、
まずケイジロウが少し高めのおどけるような声で、

ほんまや、今日はテレビやめとこっ。

次にカンザ。分かってるのだか分かってないのだか、追従するように、

うん、そうやそうや、お父さんもおらへんしな。

ケジロウ、

ボクたちが行ったらお母さんはしあこちゃんと二人きりになってしまうしなっ、

そしてリョータロウが冷静に、

確かに。
今日はテレビ、やめとこう。

私は、いや、いいよ、テレビ行ってきて、
とも言わずに、だまっていました。
楽しいおしゃべり晩ごはんは、その後ずっと続き、それから
ふとんに入った後も続き、普段よりこころの通った時間を過ごしたのでした。

結局お隣さんへは、今日は行きませんと電話もせず仕舞いでした。
まあ、次に会った時に事情をお話したらすむことかとうっすら思ったまま、
私は何も言いませんでした。
いつもは、約束は約束なんだからちゃんとしないと!とまくしたてるのですが。

私は、子どもたちが行ってしまうからさみしいと、思っていたわけではなかったはずなのですが、
妙な事の成り行きに、ちょっとくすぐったいような気持ちになって、
このくすぐったいような気持ちというのは、
この展開をこころの中ではうれしいと思っているのだろうかと、考えました。
うれしいというのでもないような、何か、守られているようなそんな気持ちなのかと思いました。

感情のこもらない、行かんといて、という言葉を、
自分たちがいなければお母さんはさみしいだろう、とか、
お父さんがいないときに自分たちだけ楽しい思いをするのは悪いな、
というふうにとらえて、私を弱者扱いして明るく優しく振舞うことを
とっさに選んだ子どもたちを前に、不思議な気持ちになりました。

いつもいつも、私からこぼれはみ出る子どもたちを、
どうにかして閉じ込めて、時にはどうやってこらしめてやろうかとやっきになっている私ですが、
そんな私が少し肩の力を抜いたとき、すかさず素直で明るい心を全開にして私を見つめてくれる、
そんな柔らかいこどものこころというものに、触れた気がしました。

こどもたちがいつもキチンとしているように、なおかつ持っている力を最大限引き出せるような
お母さんでいようと思うと意外とつまずくけど、
フツーに人間やってると、フツーについてきてくれる柔軟な子どもたち。

   冒険とは、同じ顔の中に日々違った顔を見出すことである   ジャコメッティ

毎日、こどもたちと冒険しているなあ。

                                
# by o-beikokuten | 2010-12-21 23:32 | こども

冬休みのお知らせ

      手をちぢめ
 
              足をちぢめて

                       冬ごもり


霜に覆われた畑に少し遅い朝日が照りつけるころ、
ようやく今日も平和な良い一日が始まった、と気が付きます。
そしてなんだかありがとう、とつぶやきたい気持ちになります。

どうにかこうにか一年間、スタッフ一同無事に、健康に過ごすことができました。
これも皆様のおかげと感謝いたします。
これからもどうかよろしくお願い致します。


   大手前の冬休み      12月29日 (水) ~  1月 5日 (水)
# by o-beikokuten | 2010-12-06 22:53 | お店のお知らせ

またどようび。

今日もよい一日でした。

朝は、ケイジロウのごはんを食べるのが遅いことやら、
おそうじのことやらで子どもたちとバトルがありましたが、
わたしがちょっとお店に行っている間にリョータローのお友達が遊びに来ていて、
みんなでサンドイッチを作ってわたしを待っていてくれました。
せっかくだからお友達も一緒にお昼ごはんを食べようということになり、
あわてて作った豆乳スープ。
冷蔵庫の中にあったいろいろ、京芋、玉ねぎ、人参、
それから朝の玄米粥の残りも投入して、ぐつぐつ。
おいもがとろけて程よくクリーミーに。
これだと赤ちゃんも食べられるし、子どもたちもお代わりをしてくれて、よかった!
そのあとはビオトープへ送っていき、私はちょっとまたお仕事へ。
帰ったら、もうお風呂へ入って三人揃って机に向かって、本を読んだり宿題をしたり。
やっぱり思い切り遊ぶと賢くなるみたいです。

でも、今日のようにお兄ちゃん時間で過ごすと、
赤ちゃんの生活リズムが狂うので、赤ちゃんにはかわいそうですが、
当の本人はたくさんのお兄ちゃんに囲まれてゴマンエツです。
トイレトレーニングをしているところなのですが、
食べる、寝るの前後のタイミングをうまく見計らってのことなので、
今日のような日はちょっと無理ですね。

明日は午前中は小学校の音楽会、午後は映画「未来の食卓」上映会、夜はお寺のこども報恩講と、
きちきちスケジュールです。
赤ちゃんのお昼寝だけは確保してあげないと。
音楽会、楽しみです。
# by o-beikokuten | 2010-11-20 19:45 | つれづれ

どようび。

今日は土曜日。
土曜日は、子どもと一緒に一日の計画を立てて
それを実行するということを楽しみにしています。

今日は干し柿作りをしました。
近くにある伊勢自然の里というビオトープで柿を頂いて、
家で作りました。
今年はうちの柿の木は実があまりなりませんでしたし、
ビオトープの柿も、小さな小さな実でした。
やはり夏の暑さが影響したのでしょうね。

わたしは今赤ちゃんの冬用の帽子を編んでいるところで、
干し柿作りのときも、みんなが柿に夢中になっているすきに、
あみあみしていました。
そしたら、自分たちで勝手にやっていいんだと、
よけいにうれしそうでした。
いつも口うるさいですからね、おかあさんは。

長男と三男ははじめは包丁で、途中からピーラーで
こつこつとむく作業をしていました。
次男は、ビオトープの職員さんに聞いた通り、
ささっとお鍋を用意して、煮沸用の熱湯の準備をして、
その後は、自分のしたいことに没頭してあとは知らんぷり。
中がじゅくじゅくして甘くなっているのだけつまみ食いしに来て、
これまたいつもと同じくケイジロウ、いいとこ取り?の図の巻きでした。
一番のいいとこ取りはわたしで、最後に紐に柿をぶら下げる作業の、
紐持ちをしました!
思いのほかすんなり仕上がって、出来上がりが本当に待ち遠しいです。

お昼はサンドイッチを作りました。
お米屋さんだから毎日ごはんばかで、おやつまでもがおにぎりだけど、
土曜日のお昼はパンもいいよね、と、土曜日はときどきみんなでサンドイッチを作ります。
今日は、わたしはわざと忙しいふりをして、
悪いけど、三人でサンドイッチ作ってくれる?と言うと、
嬉々として取り組んでくれました。
トマトの切り方なんかはめちゃくちゃでしたが。
三男はオリーブオイルをパンに塗る役目をおおせつかったようでしたが、
お兄ちゃんたちから、なんでそんなに不器用なんだとブーブー言われていました。
思わず、そんなこんなをたしなめたくなりましたが、なんだか文句を言うのも面倒な気がして、
放っておきました。
弟に冷たく言い放つ姿を見ると、わたしが普段子どもにそんなふうに話しているのかなと、
ちょっと自己嫌悪でした。

結局、なんとか出来上がり、食べてみるとおいしい~♪
みんなご満悦です。
おにぎりと味噌汁、サンドイッチと、お好み焼きを、子どもだけで作ることができるように
というのが目標です。
こどもは食べることが大好きですから、この目標を達成できるのは近い将来のことだろうと思います。

おやつも簡単にみんなで作りました。
こどもたちはすごい勢いで食べるので、わたしのぶんまでは残りませんでした。。。
食べだしたら止まらなくなるのね。

今日は、お店に新しい椅子がニ脚届きました。
それを入れてあったダンボールがとても大きいものだったので、
子どもたちにあげました。
そしたらまあ、よく遊ぶこと。
あかちゃんもお兄ちゃんたちと遊んでいると、
全くくずることもなく、同じように楽しんでいるのでおもしろいものです。
いろいろやりつくして、最後は毛布とまくらと電気スタンド、ぬいぐるみを入れて、
素敵な部屋に仕立て上げていました。
中央にはブロックで柱を立てて補強してありました。
冬のかまくらのようで、のぞいてみると違った世界が広がっていて、
これは楽しいだろうなあと、わたしも内心わくわくしました。
が、もう夕ごはんのころでしたので、口うるさいおかあさんは、
もう!そろそろ片付けてよ~!
なんて、言ってしまうのでした。。。

日々新しく小さな希望と理想に朝は目覚めて、
それを小さな挫折と苛立ちで台無しにしてしまったと反省する夜を
繰り返しているような気がする毎日。
そんな暮らしが子育て親育ちなのかと思ってみたり、
いや、もっと賢いやり方があるだろう、明日こそは!と思い繰り返し、
子育てに限らず、生きていくっていうのはなかなか
奥が深いようで、単純なようで。。。
奥が深いからあきらめたくなるし、
単純だからつい寄り道をしたくなるし。

今日はいい一日だった。
明日も同じようにやってみよう
と思っても明日になると、こころは同じじゃなくなっていて、
このこころっていうのが、やっかいですね。

さて、もう11月も半ばになります。
年末に向けていろいろと気忙しいですね。
忙しいときには、なぜだかさらに忙しくなるようなことをしたくなるものです。
どうしてでしょうね、刹那的になってしまうのでしょうね。

とりあえず、わたしは毎日15分ほど編み物の時間を捻出して、
完成させることができたらまた報告します!
# by o-beikokuten | 2010-11-13 21:33 | つれづれ

ひさびさに

どうしてだかこのごろはブログを書くことから遠ざかっています。
一度生活サイクルから外れると、なかなか組み込むことが容易でないようです。
赤ちゃんもはや1才3ヶ月になりましたので、
好奇心旺盛、お外大好き、なので
私も時間を見つけては散歩に連れ出したり、お友達と会う機会を作ってあげたり。

昨日は私の誕生日でした。
今年も平和に幸せにお誕生日が迎えられたことに、感謝しています。

先日、久しぶりに髪を切りました。
少し短めのまるいショートカットなので、
栗みたいで素敵♪と言われて、喜んでいます。
私の髪質にも合っているようで、
洗いざらしでも、寝起きでも、コロンと丸くまとまるので大助かりです。
カットが良かったのか、髪もさらさらになりました。
こういうなんでもなことで、日々の生活が気持ちよくなるのっていいことですね。

髪を整えたのは、文化の日に知人主催の講演会があって、
そこで少しだけお話をする役が当たったのです。
その時間約3分。
たった3分だけだけど、200人の面前でお話するのですから、
髪も気になります。
こういうことでもないと、なかなか自分の美容のために時間を使えませんよね。

最近変わったことと言えば、
長男がソフトボールをやめたこと。
今年4月からソフトボールを夏の球技大会に向けて始めたのですが、
球技大会が終わってからも続けるように勧誘を受けて、
他のメンバーの子達と仲良くやっていきたいばかりに一度は続ける覚悟をしたのですが、
どうも違うと思い始めたらしく、思い始めたら止まらないもので、
すっぱりとやめることにしたようです。
スイミングはこの6、7年間いやとも言わず、喜んで続けているので、
やはり合う、合わないがあるのでしょう。

今回のこの出来事から得たことは、土日の時間の使い方を大切に考えるようになったこと、です。
ソフトボールチームに入っていたら、土日は毎週練習と試合で予定がいっぱいです。
がんばってがんばって、成果を出します。
今年は市で優勝しました。
それくらいのことができるのだから、
土日の時間の使い方を、自ら計画を立て実行すれば、
すばらしく有意義に使えるはずだと、いうことになりました。
長男は虫や魚が好きなので、何がしたいかといえば、
近所にある自然学習センターへ通って虫や魚とりに明け暮れることになります。
それで毎回靴もズボンもずぶ濡れで、
本人たちは全く気にせず、雨の日も川へじゃぶじゃぶ入って楽しんでいます…。
しばらくするとカメラが欲しい欲しいと言い出して、
捕った獲物は家へも持って帰られないし、だから写真で記録するんだということで、
それはなかなかいいアイディアだと、まずは使い捨てカメラを買ってあげました。
そのうち私の、昔使ってた一眼レフフィルムカメラをあげようと思っています。

先週は冒険がしたいというので、
私も赤ちゃんを乗せて自転車に乗り、こども三人とサイクリングをしました。
初めての道のりで、はらはらどきどきの、ちょっとした冒険でした。
そうやって、自分で好きなことを決めて実行していると、
帰宅後は、親である私が望んでいそうなことを、ちゃんと見通して、
驚くほど素直に行動するようになりました。
私もこうして暖かく見守りながら長男を応援するということが、
仕事や赤ちゃんにかまけてなかなかできずにいたので、
ようやくこんな機会が訪れて、うれしいです。

次男はもともと自分のやりたいことを自分で探して没頭するタイプなので、
ついつい人に合わせてしまう長男に比べ、その点は手がかかりませんが、
没頭し始めるとわが道を行ってしまうので、引き戻すのに一苦労です。

三男は、どうしても、お兄ちゃんたちのオマケみたいな存在になってしまいがちで、
自分というものを意識して生活していないことが多いのか、
私から見ると、ピントが合っていないことが多いです。
三男の能力に合った事柄を、いいタイミングで取り組むときには、
自尊心がよみがえり、気持ちのいい顔つき、声になるのですが、
それ以外のときは変にすねてみたり、甘えてみたり。
まだまだ末っ子状態です。

今日は、友人の結婚式の日。
わたしは出席は断念して、家でお留守番です。
主人とその仲間たちが出席させてもらって、
わたしは今その帰りを待っているところです。

出会いがあって、喜んだり悩んだりを繰り返し、
今日からは二人一緒に歩んでいく、記念すべき日ですね。
おめでとう。
お互いを見つめ合うのではなく、
同じ方向を二人で見つめるのだといったのは、サン・テグジュペリ。
ほんとにほんとに、そうですね。
お幸せに~

そういえば、子育てにおいても、そうありたいと最近気が付いたわたしでした。
# by o-beikokuten | 2010-11-06 21:56 | つれづれ

こころの道

わたしたちの住む伊勢は、山に囲まれた谷間にあります。
南北に流れる川沿いに田が広がる、細長い村です。
村の主要な道は一本。
それに平行して田を挟んだ東側にあぜ道が二本。
一本の川と三本の道、田畑と里山、そして山へ入ると池と森。
それがこの伊勢村の風景です。
わたしはこの見慣れた景色を眺めながら、
毎日伊勢村の一本道を通ります。
車で、ときに歩いて、毎日同じ道を通ります。

どこか寂しげな枯れ色の田に、活気があふれてみるみるうちに
みどり一色に染まる田植えの五月。
強くてりつける太陽の下で不思議なほど涼しげに稲が風にそよぐ七月。
台風が来るのを知ってか知らずか穂を垂れ始め、
静かに時が過ぎるのを待つドラマチックな八月。
あわただしく稲刈りが始まりひと心地つく九月。
稔りを祝う祭りの準備、寄り集まっての餅つきが忙しくも楽しい十月。
空を見上げると満天の星空。
そのうち赤や黄色に色づいた柿の葉が地面を多いつくし、
残った柿をついばみに鳥たちがやってきて、
おしゃべり好きな彼女たちはぴいちくぱあちく騒ぎ立て、
急に静かになったかと思うと、静かな暗い冬がやってきます。

田園地帯地住んでいると、四季の移り変わりの中に生かされている自分に気が付きます。
自然の美しさを愛で、、自然を享受する苦しさ楽しさを分かち合う、
こうした生活に満足できる人でありたいと、素直に願えるようになったのも、
この村へ移り住んで来てからのことです。

今年の夏は例年にない暑さでした。
いつもより長く感じた夏がうそのように影をひそめ、
遠くなつかしい思い出となった頃、
黄金色に輝く田を縁取るように、時忘れじと咲く紅色の彼岸花。
見渡す限りそんな景色が続く田のあぜ道を、
暮れかかる日の光に照らされながら下校する子どもたち。
両手ですくい取ろうとしてもこぼれ落ちてしまう、この美しい時の景色を横目に、
わたしは毎日、忙しい、忙しいと、何に追われているのだかあたふたしながら、
村の一本道を同じように通ります。
そして、思います。

この色とりどりの、のどかな美しい風景。
あたかも自然の産物のようだけど、決して全くの自然ではない。
それは、人の手によって元ある自然の力を押したり引いたり。
そこに住む人々によって管理された自然の中を、
太陽に照らされながら楽しげに歩く、その人々の子どもたち。
自然にとっては、実りの恵みを生み出す力を与えられ、
子どもにとっては安全と安心と、豊かなこころを育てる原風景を与えられ、
こんな絶妙な、かけがえのない美しさが、あったんだなあと。

この風景を、絶やしてはいけない気がしています。
これを読んでいただいている方々なら、きっとこの気持ちをわかって下さっているだろうと思います。
絶やさないために、ひとそれぞれに、できることがきっとあると思います。
米屋を手伝うわたしにとって、それは、お米を食べることを提案することだと思っています。

わたしたち日本人の体は、米を食べることに喜びを感じるように出来ています。
米を食べると日本の国土が守られます。里山が守られます。
農の大切さに気が付きます。何にも勝る自然の美しさに気が付きます。
そう、お米を食べると元気になれる!

今日のごはんは何にしようと悩むなら、とにかくごはんと味噌汁を、
子どもを喜ばせたいとおやつを用意するなら自信を持っておにぎりを。
お腹が空いたときに食べるごはんは間違いなくおいしいものです。
血糖値を下げ免疫力を高めたい人は玄米を。
大切に育てられたお米なら尚良いです。
そしてミネラルを豊富に含んだ、やはり大切に育てられた野菜を、
昔ながらの方法で作られたおいしい調味料でシンプルに味付けしてごはんの友としましょう。
たったこれだけのことで、絶えかかりそうな日本の原風景を
未来へ残すことができるかも知れないのです。

わたしたちはいつの間にか種をまくのを忘れ、自らの手で育てるのを怠り、
あるいはかろうじてまいた種をも自分で刈り取らずして、おいしいとこ取りに明け暮れて、
そんな宙ぶらりんな生活を、宙ぶらりんだとも思わずに過ごしているかも知れません。
まずはなんとか宙ぶらりんでもこうして平和に過ごせることに感謝して、
だけどそのうちどっしりと地に足を着けられる日を目指して、
今日も明日も、あさっても、おいしいごはんを食べましょう。

そんなふうなことを考えながら、毎日通る伊勢の一本道は、
今ではなくてはならないこころの道に、なってるようです。
# by o-beikokuten | 2010-10-25 02:17

栗ごはん

あかちゃんと近所をお散歩していると
やさしく声を掛けてくださるご近所さんに
いつも元気を頂いています。

昨日は、いつものようにあかちゃんを囲んで
世間話なんかをしていると、

そうだ、栗、いらない?

とポケットから栗を取り出し、コロリと手のひらに載せて
みせてくれた近所のおばさま。
その栗の、まるまると太った見事なこと。

うわ~♪
と親子で歓声をあげると、

あら、まだあるのよ。
さっきとってきたのよ、
良かったら食べて。

と、ズボンの左右のポケットから、
そしてズボンの後ろ、
服のポケットと、
いろんなところからコロコロころりん・・・♪
家へ帰るころには、私のカバンは一回り大きくなっていました。
栗ごはん。。。こどもたちの喜ぶ顔が目に浮かんで、うれしくなりました。

今日の夕方、こどもたちは近所のお友達に誘われての、
焼き芋パーティーでした。
パーティーといっても、会場は田んぼ。
自分たちでワラを集めて火をおこし、お芋を焼きます。
昨日、村の芋畑で芋ほり会があったので、そのお芋を焼きます。
みんな泥と灰にまみれてまっくろけっけ。
大きなお芋はなかなか焼けずに、暗くなるまで火の番をして、
最後のひとつを食べた慶次郎はそのおいしさに感動したのでしょう、
いつもなら宿題の日記は1ページだけなのに、
今日は特別に2ページ、それもびっちりと文字でうめつくされていました。

は~今日はええ日~やった~。
お芋が大きくて、食べたのが遅かったし、おなかいっぱい!
と言いながらお風呂から出てきた子供たち。

私のほうは、子供たちのために栗をせっせとむいて、
栗ごはんならぬ、栗の炊き込みご飯を用意していました。
炊きたてほかほかの栗炊き込みご飯。
せっかく作ったけど、焼き芋も楽しかっただろうし、
じゃあ、少しだけよそうね、
と、軽くごはん茶碗によそったら、案外みんなぱくぱく食べて、

おかあさん、お代わりしてもいい?
って。

芋と栗ってなんか似てるけど、ちょっと違う、
けど、どっちもおいしいなあ。
って。

野菜のお汁も好評でした。
我が家の食卓に度々登場する野菜鍋、これもとっても幸せな味なのです。
おすすめなので、レシピを少し。

大きな土鍋に好きな野菜を入れて、
塩とお酒ではじめに少し蒸します。
その後だし汁を加えてみりんと醤油です。

レシピってそれだけなのですが、
それだけに、塩とみりんと醤油を少し上等なものにします。
今日は山東白菜と大根と採れたての椎茸。
昨日は白菜と里芋と人参と糸こんにゃく。
野菜鍋というより、野菜スープといった感じに仕上がります。
昨日はそのスープをだし汁代わりに使ってとろろを作りました。

わたくし11月が誕生月なのですが、今年は運転免許の更新。
警察署はいつも込み合っているイメージがあるので、
おっくうだなあと思っていたのですが、
そんな悩みも解決。
私はゴールドカードの人なので、そう、優良運転者なのです。
だから、市の一番大きな警察署へ出向かなくても、
市外の、それも平和そ~な警察署へドライブがてら行ってくればいいのです。
住んでいるところから一番近い田舎の警察署。
行けば運転免許更新は私ひとり。
もちろん待ち時間なしで、
あかちゃんはかわいがってもらって、
その上書類書き込みのときは抱っこして下さり、
講習はゆったりソファーでビデオ鑑賞15分。

帰りは秋の景色を楽しみながら
近所の直売所に寄り新鮮な野菜を今晩の栗ディナーのために…♪

野菜。。。と言えば、うちの畑。
大根、人参、春菊とサラダ水菜を種から育てて、
今はかわいい芽が出て、一番希望に燃えているところです。
ところがどうもおかしいなあと思っていること。
それは獣の足跡なのです。
わたしがせっかくきれいに盛ってる畝の上を何者かが歩いてる。。。
昨日その犯人を発見しました。
アナグマ?
畑は塀に囲まれた秘密の花園ならぬ秘密の畑なので、
獣が入ってくることはまずないと思っていたのですが、
門の下の土を掘って入ってきたようです。
今日もまだ畑にいたようで、学校から帰宅後すぐにそれに気づいた子供たちは
一瞬色めきたち、息を忍ばせて畑へ探検に行きました。

さてさて、野菜の芽が出てかわいいのはいいのですが、
わたしは腰が痛くなりました。
日曜日には地域のお祭りがあるので、それまでには治したい!
と思って、初めて整骨院へ行きました。
いつもはヨガやストレッチで痛みは軽くなるのですが、
今回はこの辺りでも評判のその整骨院へ興味半分、行ってみようと思ったのです。

それで今日、朝一番に開院前の整骨院駐車場へ着きました。
車から降りると早一番を陣取っていたおばあさんがひとり。
わたしのすぐ後にまたひとり。
お二人ともわたしの赤ちゃんを見るなり興味津々で、
いろいろと話しかけてくださり、着いた早々ほっと心が和みました。

整骨院ではこれまたとても親切にして下さって、
初体験のゴキッ、ゴキゴキッという骨の矯正もなんなくクリア。
体育会系の勢いも、たまにはおもしろいなあと。

田舎に住んでいたら毎日が素敵な田舎暮らしってわけではないような、
目には見えないけれどたくさん問題を抱えてるんだなっていう
複雑な気持ちを抱くこと多々ありますが、
今日はそんなこんなで、田舎生活いいとこどりの、
盛りだくさんだったにも関わらずほんわかした
秋晴れのよい一日でした。
# by o-beikokuten | 2010-10-14 22:37 | つれづれ